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権八物言い地蔵・いぼとり地蔵
〜埼玉県熊谷市久下〜 |
熊谷市久下の権八物言い地蔵がいぼとり地蔵という記事をインターネットで見て早速訪問しました。
県道257号線の荒川にかかる久下橋を大里村から渡った堤防のすぐ下に権八物言い地蔵の地蔵堂がありました。
久下橋は今時珍しい橋で、荒川が増水すると水の下に隠れてしまう冠水橋で通行止めになるそうで、維持費がかかって大変とのことです。
現在その下流に新しい橋が作られていますのでこのユニークな久下橋もいずれ姿を消してしまうかもしれません。
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| 久下橋を荒川上流側から撮影 |
久下橋を荒川下流側から撮影 |
丁度昼近くだったので地蔵堂の東70mあたりの交差点の角にあるおすし屋さんに立ち寄りました。
たまたまそのおすし屋さんに、昔自宅の庭に権八物言い地蔵があったというたたみやさんのご主人が来ていてくわしくお話が聞けました。
昔の中山道沿いにあったたたみやさんの東南の角に在った地蔵さんを昭和34年頃に現在の地に移転させたそうです。
権八物言い地蔵のある久下橋のあたりは中山道の熊谷宿から秩父へ行く道の渡し場があったところです。
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荒川左岸の堤防のすぐ下に
いぼとり地蔵の地蔵堂がある。 |
権八物言い地蔵の地蔵堂 |
この権八地蔵さんはいつのころからか、いぼとり地蔵としても信仰されるようになったそうです。
権八地蔵の地蔵堂前の線香の灰をイボにつけていぼとりを祈願するといぼが取れるといわれています。
そして毎年8月24日が権八地蔵さんの縁日で地区の方が集まってお祭りをするそうです。
また奉納された地蔵堂の額には火防地蔵とも書いてあり、火防せの地蔵様でもあったようです。
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| 権八物言い地蔵 |
線香の灰をいぼにつけると
いぼが取れる |
地蔵の名前は物言い地蔵、権八地蔵あるいは権八物言い地蔵といわれています。
そのいわれは昔鳥取藩32万石の池田家の家中の平井権八が国元で父平井庄左衛門が同家中の本庄助太夫に飼い犬の喧嘩で侮辱を受けました。
権八は温厚な父の諌めも聞かずそのことに腹を立てて助太夫を殺害し江戸へ出奔しました。
江戸に出てからは遊女小紫と懇意になり、遊びの金に窮して辻斬り・物取りをする生活を送っていました。
そんなあるとき上州の絹売の弥市の持ち金に目をつけて悪の仲間2人と熊谷土手で弥市を殺して金を奪いました。
たまたまそこに地蔵さんがあったので「このことを見ていたのは貴方だけ、黙っていてくれ。」と地蔵さんに頼みました。
その地蔵さんが「わしも言わぬが、おぬしも言うな。」と口をきいたお話があるそうです。
おすし屋さんで見せて頂いた資料の中の埼玉県の「鴻巣市だより」に面白い記事がありました。
権八地蔵の本物が埼玉県鴻巣市の勝願寺にあるというのです。
久下のお地蔵様は1698年(元禄11年)建立で、平井権八が磔(はりつけ)にされたのが1679年(延宝7年)ですから、本物でないのではとのことでした。
それに対して鴻巣市の勝願寺の地蔵様の建立が1672年(延宝元年)ですからこちらが本物の権八物言い地蔵だというのです。
どうして熊谷堤から離れたところにあるのかとの疑問に勝願寺の先代の御山主は次のように答えられました。
「ものを言う地蔵さんだから、歩いて久下から来られてここが良いと止まっておられるのだろう。」
さらに埼玉県にお住まいのMさんから次のようなメールを頂きました。
「また吹上市刈原には白井権八地蔵があります。吹上では熊谷の権八地蔵よりも吹上の権八地蔵が位置的に正しいと言われています。」
とのことですから権八地蔵さんは3体もあるようで興味深いことです。
権八物言い地蔵へのアクセス→Google Map
マイカーにて
関越自動車道東松山インターを出て右折して国道254号線を東へ走り上野本で左折して国道407号線を北上して東平で407号線バイパスと合流する。
1kmほど北上して県道257号線に入り、大里村を通過して右折して久下橋に向かう。
久下橋を渡ってすぐ右折して堤防の道を下ると左手に地蔵堂が見える。
JRにて
JR熊谷駅から約2kmなのでタクシーを利用したほうがよい。
健脚なら歩くのもよいでしょう。
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