古代ロマンの白鳥山を訪れる



白鳥山へのアクセス

静岡自宅(マイカー)→国1号静清バイパス→清水市興津→国52号→
富沢町万沢→万沢トンネル手前で右折→センチュリー富士GC→
白鳥山森林公園駐車場(徒歩10分)→白鳥山頂上


1999年10月10日(日曜日・体育の日)晴。
山梨県南巨摩郡南部町と富沢町の境にある篠井山(しのいさん)1394mに登る予定で出かけました。
福士川渓谷沿いの林道の工事で通行不能のため急遽登るに楽な白鳥山568mに寄ることにしました。

リバー富士カントリークラブ(静岡県富士川町)の
クラブハウス前から見た白鳥山


白鳥山の名前のいわれはいろいろの説があります。
(1)大和武尊(やまとたけるのみこと)が東国の荒ぶる神々を平定した帰り途にこの地で亡くなりその亡骸が白鳥に  変身して都へ飛び去った。
(2)鎌倉時代に大和武尊の化身といわれる白鳥がこの山に住みついて以来地鳴りや山崩れが次々に起こったの   で白鳥天神を建てて祭ったら白鳥が去り村が平穏になった。
(3)飛鳥時代に蘇我氏と物部氏の争いで物部守屋(もののべのもりや)が殺された時に守屋の臣下の捕鳥部萬が  守屋の子の守彦を連れて逃れ子の地を永住を決めこの辺りを萬座(現在は万沢)といい山を白鳥山と呼んだ。
(4)戦国時代にこの地に今川氏が城砦を整備しました。
  その後武田信玄の父の武田信虎が駿河攻めに際し奪取し後に徳川氏の城となりました。
  そのような城取りの攻防から城取山(しろとりやま)といわれました。

文献的に白鳥山は山梨日日新聞社発行の「山梨百名山」と、山と渓谷社発行の「分県登山ガイド14山梨県の山」にはしらとりやまと紹介されています。
また明文出版社発行の静岡百山研究会編「静岡の百山」にはしろとりやまとしています。

白鳥山へのアクセスは大変に分かりやすくセンチュリー富士GCの玄関前を通過してゴルフ場のコースの真中を通過する道路を登ります。
途中ゴルファーが横断する個所があるので注意しながら登りました。
10分ほどで白鳥山森林公園に到着します。
白鳥山森林公園の駐車場は昔武田軍が駿河に侵攻した時に使われた狼煙をあげる狼煙台(のろしだい)があったところです。

森林公園の駐車場が狼煙台跡


駐車場に車を置いて先ず史跡探訪コースを30分ほど散策してから頂上まで10分程で登りました。
頂上は広く木が伐採して見晴らしが効くように整備されていました。
大きい木のテーブルとベンチがあってゆっくり昼食がとれました。
白鳥山山梨百名山に指定されていて百名山の中で最も低い標高の山です。

頂上の広場 山梨百名山の標高標識


頂上からは東側が開けて見渡せ富士宮市と富士川が見えました。
富士川の対岸には富士宮ゴルフ場のコースが見えました。
北方には眼下に富士川が蛇行して流れ、土採取の禿山の後に白水山(しろみずやま)811mが見えました。
その遠方の左手遠くに思親山(ししんざん)1031mが見えました。
北西の方向には足元にセンチュリー富士GCのゴルフコースが見え、その背景の中央に今日登れなかった篠井山がかすんで見えました。
その左手後方に右から十枚山と天津山と青笹山が眺められました。

富士川と白水山と思親山 篠井山と十枚山と青笹山


晴れていれば遠くに笊ケ岳や南アルプスの赤石岳、塩見岳、白峰三山(農鳥岳・間の岳・北岳)が見えるのですが今日は雲で見えませんでした。

白鳥山のことが記載されている参考文献


静岡県広域道路地図 人文社発行 1999年4月第20版
山梨県道路地図 昭文社発行 1999年1月第1版第13刷
山梨百名山 山梨日日新聞社発行 1998年6月10日初版第3刷
山梨県広域道路地図 人文社発行 1997年6月初版
分県登山ガイド14山梨県の山 1997年3月25日初版第4刷
静岡の百山 静岡百山研究会編 1991年10月25日初版

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