播磨のばあさま・いぼ地蔵
静岡市清水区小河内中川原

石仏協会会員静岡支部のSさんから『播磨のばあさま』の民話を載せた資料を頂きました。

〜昔、播磨の国のばあさまが身延山にお参りに行く途中、小河内の中河原まできたところ病に倒れ地元の人の手厚い看護を受けました。ところがばあさまは看病のかいもなく亡くなってしまいました。
ばあさまはいまわの際に集まった村人に「みなさんには大変お世話になりました。私をこの地にまつっておまいりしてくれれば、みなさまの皮膚の病をなおしてあげる」と言って亡くなりました。

このばあさまの言ったとおりにこの地にお墓を建て、地元の人はお参りを欠かしませんでした。いぼ等で困っている人が「播磨のばあさまこのいぼを治して下さい」とお参りすると、不思議なことにいぼがきれいに治りました。
いつの頃からか治った人がそのお礼に茶碗を奉納するようになりました。それからはこの茶話にたまった水をいぼにつけてお参りするときれいに治るのでお礼の茶碗が沢山並んでいました。

この播磨のばあさまの噂を聞いては、ずいぶん遠くからも人がやって来ました。そして、治ったと言ってはお礼に茶碗を奉納する人があとを断ちませんでした。このお墓はいつとはなく「播磨のばあさま・いぼ地蔵」と呼ばれ人々の信仰を集めました。
古老の中には子供の頃このいぼ地蔵に参っていぼを治した経験を持っている人が何人もあります。今でも地元の人はこの播磨のばあさまを大切にしており、お参りを欠かしません。〜

3月のある日播磨のばあさまの墓を訪ねました。お墓は国道52号線の小河内の信号機の北側にある片平製鋲所のお向いにある家の北側の小河内川の堤にありました。民話に記載されているような賑わいはなく小河内川の土手の荒地の中にぽつんとお墓がありました。
お向かいの家のご主人の話では播磨のばあさまはいぼ地蔵とも呼ばれ昔はお墓の前が身延への道があったとのことです。
お墓への道はなく、現在はお向かいの家の北側を通させて頂かないと播磨のばあさまのお墓には行けません。

草むらの中の播磨のばあさまのお墓 お墓の前に小河内川が流れている
草むらの中の播磨のばあさまのお墓 お墓の前に小河内川が流れている
「播磨国」と「八月十六日命日」の字があった 茶碗が奉納されていた
「播磨国」と「八月十六日命日」の字があった 茶碗が奉納されていた


お墓には花立の筒と茶碗が数個奉納されていました。茶碗の水をいぼにつけるとのことですが、そう遠くない国道52号線の起点の興津八木間の法泉寺のいぼ神様に茶碗の水をイボにつけるというしきたりが残っています。いぼ神様に水を供えた水をイボにつけるというところではすぐ近くの中河内のごりんさんも同じです。また治ったお礼に茶碗を奉納することは興津八木間の浄蓮寺のいぼ神様に残っています。
播磨のばあさまのお墓は質素なお墓で「播磨国」と「八月十六日命日」の字が読み取れました。
                                                   (写真は2007年3月8日撮影)

播磨のばあさんへのアクセス→Google Map

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